世代別の立ち振る舞い - 40代編


40代のあなたへ

人生劇場の円熟期を迎えつつある40代。
仕事もプライベートも完成形らしきものが見え始め、自分という人間の限界と可能性もある程度は理解できる時期でしょう。
格差は大きく広がり、莫大な資産を築く人がいる一方で、ネットカフェで暮らす貧困層も出てくるはずです。

30代のページでも少し触れましたが、40代で一発逆転は極めて困難です。
なぜなら40代は新たな物事を創造するというよりは、20代、30代で培った経験や人脈を活かして活路を得る時期だからです。
若い頃に努力せずに開墾した土地が小さく痩せていれば、40代の実りは小さいものになります。
そしてその収穫は毎年繰り返されますから、格差はさらに広がります。

しかし。
しかしです。

だからと言って諦めるのは早すぎるのも40代でしょう。

私は20代で挫折と苦労が連続し、30代では混迷の時期、そしてようやく40代で芽が出たタイプです。
もともと人と過ごしたりするのが好きでは無いので人脈などは一切意識して構築しませんでした。
英語はできませんし、大学も出ていません。

そんな私ですが、40代前半では時代の波に乗り一時的にですが年収5000万円近くまで行ったこともあります。
37歳から44歳位までがこれまでの順風期だったと思います。


ここからは少し自分の話になりますがお付き合いください。

30代中盤で無理をして東京の恵比寿に住みました、給料の半分を家賃で持っていかれましたが、そこからは収入が大きく上がり、家賃の10倍の年収を稼ぐまでになりました。
そうなると衣食住の衣と食が変化します。

値札を見ずに食料品やら惣菜を買い込み、ワインを買い、高級ブランドの服で身を固めました。
出会い系のサイトに登録し、誇らしく自分の年収を記し、とにかく女性と会いまくりました。

さらに40才で日本橋の最高級タワーマンションへ引っ越し、移動はタクシー、食費は平均で毎日10000円以上は使っていたと思います。

この頃、婚活パーティーというものが流行り始め、それまでネット恋活だけだった自分の行動が変化しました。
メールでいちいちやりとりするのは面倒いし、6000円程度ですぐさま女性に会えるのならととにかく出席しまくりです。

しかし、出会う女性達はどういうわけか自分を避けるのです。
メール交換をして1回か2回はデートしても、それからが続かないのです。
それでも自分はお金も時間もあるので、さして気にせず、これは神様が「次回はもっといい人がいるのだ」という可能性を与えてくれているのだと勝手な解釈をしたりしていました。

今考えれば本当に痛いやつです。

44才の時、ようやく自分の人生も”あがり“かと思っていや矢先に不調に陥り、年収は1/3になりました。
引っ越しを余儀なくされましたが、プライドが邪魔をして中央区か港区以外は住みたく無いと思っており、収入に対してあきらかに過剰な家賃の場所へ引っ越し、再び自分を苦しめるのです。

2年後さらに引っ越し、年収はさらに下がり。
今は墨田区の錦糸町で暮らしています。

最盛期に比べ年収は1/10まで落ち込みました。
ここまで落ちるとは自分でも思っていませんでしたが、どういうわけか自分が不調になればなるほど、年収が下がれば下がるほどにモテ始めたのです。




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